英語習得に必要な学習時間については、第二言語習得研究の専門家による論文の他、アメリカ国務省の教育機関であるFSI(Foreign Service Institute)や、ケンブリッジ大学出版、オックスフォード大学出版などが研究結果を公表しています。それらの結果をまとめると以下になります。
ケンブリッジ大学出版 | 1,000〜1,200時間 |
徳島大学の論文 | 2,590〜2,960時間 |
アメリカ国務省FSI | 2,200時間 |
大阪公立大学の論文 | 2,200〜2,500時間 |
オックスフォード大学出版 | 1,750時間 |
最短では1,000時間、最長では約3,000時間と3倍もの開きがあります。どれを信じれば良いのでしょうか?
目次
1. 英語習得時間【1,000〜1,200時間】by ケンブリッジ大学出版
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イギリスのケンブリッジ大学出版は、公式サイト『Cambridge English』で、CEFRでC2レベルの英語を習得するのに、1,000〜1,200時間必要だと公表しています。
1.1. ケンブリッジ大学出版の研究結果【内容】
CEFRとは、外国語の運用能力を同一の基準で測ることを目的とした国際標準です。欧州評議会によって2001年に公開されました。一番低いレベルの「A1」から最高レベルの「C2」まで6段階に分かれており、ケンブリッジ大学出版は、それぞれのレベルに達するまでに必要な「受講時間」を下図の通り公表しています。
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* https://support.cambridgeenglish.org/hc/en-gb/articles/202838506-Guided-learning-hours より抜粋
「C1」レベルは英検1級、TOEIC 945点以上に相当する英語力です。その上の「C2」レベルは、「聞いたり読んだりしたほぼ全てのものを容易に理解することができる。いろいろな話し言葉や書き言葉から得た情報をまとめ、根拠も論点も一貫した方法で再構築できる。自然に、流暢かつ正確に自己表現ができる。」とされています。
その「C2」レベルに達するまでに「1,000〜1,200時間」としていますが、日本人の中学・高校6年間の英語の授業が790時間程度(学習指導要領による)であることを考えると、日本人にとっては、あまりに少なすぎるという印象です。
1.2. ケンブリッジ大学出版の研究結果【注意点】
「学習時間」ではなく「受講時間」!
ケンブリッジ大学出版によると、上図で「Number of Hours」となっているところは、「受講時間」に宿題などの講師の指導下での自習時間を加えた時間(「guided learning hours(指導のもとでの学習時間)」)とのことです。つまり、学習者による自主的な学習の時間は含まれていないということです。
日本の中学・高校での英語の授業790時間に宿題をこなす時間を加えたら、高校卒業までの「受講時間」は1,000時間を超えている日本人も少なくないと思います。しかしながら、大学卒業時点でも、日本人の平均的な英語力は「A2」レベル(TOEIC440点前後)にとどまっています。
「1,000〜1,200時間」は「インド・ヨーロッパ語族」向け?
ケンブリッジ大学出版は、「受講時間」の算出根拠を開示していません。しかし、日本人の状況を考えると、少なくても日本人向けの「受講時間」ではないことは明らかだと思います。
英語は「インド・ヨーロッパ語族」という言語グループに属しており、ヨーロッパの言語はほぼ全てこの言語グループに属しています。つまり、ヨーロッパの言語は英語と起源が同じため、英語を習得することはそれほど難しいことでありません。
ケンブリッジ大学出版が公表している「受講時間」は、ヨーロッパの言語を第一言語としている人を対象としているのではないでしょうか。そこで、言語の系統図で英語と一番近いオランダ語、若干遠いドイツ語とフランス語、そして、同じ「インド・ヨーロッパ語族」でも英語とかなり遠いロシア語の4つの言語を第一言語としている人の英語習得時間を調べてみました。
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この結果を見る限り、ケンブリッジ大学出版による英語習得時間は、ドイツ語やフランス語などの、英語と同じ「インド・ヨーロッパ語族」で、英語から若干遠い言語を第一言語としている人向けだということがわかります。
英語と全ての面で異なる日本語を第一言語とする日本人が、1,000〜1,200時間でC2レベルに達するのは不可能でしょう。
2. 英語習得時間【2,590〜2,960時間】by 徳島大学論文
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徳島大学の坂田准教授は、論文『日本人の英語学習時間について』で、日本人がCEFRのC1レベルに達するのに必要な「総学習時間」は2,590〜2,960時間であるという結論を導き出しています。
2.1. 徳島大学の研究結果【内容】
坂田准教授は、日本人の大学卒業までの英語の授業時間と大学卒業時での英語力を、CEFRのレベルとそのレベルまでに必要な受講時間と比較することで、日本人が英語を習得するために必要な学習時間を算出しています。
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*『日本人の英語学習時間について』から引用
坂田准教授は、一般的な日本人の大学卒業までの英語の総授業時間を1,100時間、そしてその時点での平均的な英語力をCEFRのA2レベル(TOEIC440点前後)としています。一方で、ケンブリッジ大学出版が公表している、ヨーロッパ人がA2レベルに達するまでの必要受講時間は300時間ですので、日本人がA2レベルに達するには、ヨーロッパ人の3.7倍(1,100時間÷300時間)の授業時間が必要であると結論づけています。
したがって、坂田准教授は、日本人がC1レベルに達するには、ケンブリッジ大学出版が公表している時間を3.7倍した、2,590〜2,960時間以上の受講時間が必要だと主張しています。なお、ここでも「受講時間」もしくは「授業時間」であり、自主学習時間は含まれていないことに注意してください。
2.2. 徳島大学の研究結果【注意点】
徳島大学の坂田准教授の主張には無理があります。それは、「大学までの英語の授業を続けた場合」という前提条件だからです。
坂田准教授は、大学卒業までの英語の授業時間と、それによって到達した英語力をベースに、C1レベルに必要な受講時間2,590〜2,960時間を算出しています。つまり、中学から大学卒業まで受けてきた英語の授業の教え方でトータル2,590〜2,960時間の授業を受けるということが主張の前提となっています。これには無理があります。なぜなら、日本の中学から大学卒業までの英語の授業のやり方では、いくら長い時間をかけても英語を使えるようにはならないからです。
日本の学校での英語教育は、英語という異国の文字を「解読」する方法しか教えていません。音声言語や発音を無視しているばかりか、そもそも英語を使えるようにすることを目標としていません。そのような授業を何万時間受けたとしても、英語を使いこなせるようになるはずがありません。ましてや、C1レベルに到達することは絶対に不可能です。
なお、日本の英語教育の悪口は、「【日本の英語教育】これが絶望的問題点と絶対的改革案だ!」でたくさん書いています。
3. 英語習得時間【2,200時間】by アメリカ国務省FSI
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アメリカ国務省FSIは、「FSI言語難易度ランキング」で、英語のネイティブ・スピーカーのアメリカ人がCEFRのB2/C1レベルの日本語を習得するのに2,200時間必要であるとしています。
3.1. アメリカ国務省FSIの研究結果【内容】
FSIは、アメリカ国務省の外交官などの職員向けに、外国語を習得するために必要な受講時間(class hours)を、習得の難易度により5つのカテゴリーに分けて公表しています。それをまとめたのが下図です。
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FSIは、「Professional Working Proficiency」(専門的な職務を担える英語力)のレベルに達することを「習得」としています。「Professional Working Proficiency」とは、CEFRの「B2/C1」レベルに相当します。
日本語は、最難関言語の「カテゴリーV」に属しており、「習得」までに平均で2,200時間の受講時間(class hours)が必要だとされています。これが、日本人は2,200時間で英語を習得できるという主張の根拠です。
3.2. アメリカ国務省FSIの研究結果【注意点】
英語のネイティブスピーカーが日本語を2,200時間で習得できるのであれば、日本人も2,200時間で英語を習得できると思うかもしれませんが、それはあまりに思慮が浅すぎます。FSIも下記の通り注意喚起しています。
“It’s worth remembering that FSI students enjoy near-perfect learning environments while undertaking intensive study programs, and under normal circumstances, it is unrealistic to expect to reach such a high level of proficiency in such a short space of time.”
(FSIの受講者は、ほぼ完璧な学習環境にて集中的な学習プログラムを受けることができます。通常の環境下では、FSIが提示している短い学習時間で、そのような高いレベルまで到達することは現実的ではないということを覚えておくべきです。)
日本人が2,200時間では英語を習得できない理由は以下の通りです。
FSIの2,200時間には自主学習が含まれていない!
2,200時間というのは、あくまで「クラスの時間」だけであり、クラスで出た課題をこなす自主学習は含まれていません。アメリカの高等教育では、通常、ディベートやスピーチ、レポートなどの課題が多く出されるので、それらの準備には相当の時間を要することが容易に想像できます。
FSIの2,200時間はアメリカ国務省の超エリートが対象!
2,200時間というのは、外交官などの「超」エリートの平均のクラス受講時間です。そのような人たちは、学習能力のみならず、集中力、モティベーション等、外国語を短期間で習得するためのあらゆる能力において、非常に高い資質を持った人たちです。あなたはその素質をお持ちですか?
FSIという集中的に学習する理想的な環境で2,200時間!
FSIでの日本語クラスは、1日5時間の授業を週5日、約20ヶ月間続きます。この環境を普通の日本人が作れるでしょうか?外国語を効率的に習得するには、単に学習時間の合計だけ考えれば良いわけではありません。学習時間の配分も重要な要素の一つです。
なお、アメリカ国務省FSIの日本語習得時間の詳細については、「英語習得には最低3000時間!達成するための11のコツと学習習慣」を参照してください。
4. 英語習得時間【2,200〜2,500時間】by 大阪公立大学論文
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大阪公立大学の稲垣准教授は、論文『How Long Does It Take for Japanese Speakers to Learn English?』で、日本人が英語を習得するには2,200〜2,500時間必要であるという結論を導き出しています。
4.1. 大阪公立大学の研究結果【内容】
稲垣准教授は、日本人が英語を習得するために必要な学習時間を、大学卒業までの英語の学習時間に、大学新卒者がTOEIC(L&R)800点を獲得するために必要な学習時間を加えて算出しています。
大学卒業までに英語学習に費やした時間については、稲垣准教授は、中学・高校での英語の授業時間を612.5〜700時間に自主学習時間等を加えた、トータル1,000時間としています。
大学新卒者がTOEIC 800点を獲得するために必要な学習時間については、TOEICを運営するIIBCが2002年に公表している以下の数値を使っています。これは、2001年に行った、2,000人の大学新卒者を対象とした調査結果をもとにしているとのことです。
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*『How Long Does It Take for Japanese Speakers to Learn English?』から引用
IIBCによると、2001年の新卒者のTOEIC平均点は356点だったので、稲垣准教授は、上図をもとに、大学新卒者がTOEIC 800点を獲得するまでに1,200〜1,500時間必要だとし、それに大学卒業までに英語学習に費やした時間である1,000時間を加えた2,200〜2,500時間を、日本人がほとんど支障なく英語でコミュニケーションできるようになるために必要な学習時間と結論づけています。
4.2. 大阪公立大学の研究結果【注意点】
大阪公立大学の稲垣准教授の主張には無理があります。それは、「日本人がほとんど支障なく英語でコミュニケーションできる」レベルを TOEIC(L&R)800点としているところです。
TOEICで満点とっても英語をまともに話せないため、仕事で全く使えないという日本人が溢れています。この現状を考えると、TOEIC 800点レベルでほとんど支障なく英語でコミュニケーションできる日本人がどの程度いるのでしょうか?ほとんどゼロに近いと思います。
なぜTOEIC 800点でも英語で支障なくコミュニケーション取れる人が全くいないかというと、日本人は英語を使うということを全く無視しているからです。中学・高校では英語の文字を解読する方法しか教えられず、社会人になれば、英語を聞くことと読むことだけのTOEIC(L&R)です。これではコミュニケーション取れるようになるはずがありません。
稲垣准教授の論文での「日本人が英語を習得するには2,200〜2,500時間必要」という主張は、根本の前提が現状に全く即していないので、参考にすべきではありません。
なお、TOEICの悪口については、「TOEIC高得点でも話せない!第二言語習得研究による理由と対策」にたくさん書いています。
5. 英語習得時間【1,750時間】by オックスフォード大学出版
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イギリスのオックスフォード大学出版は、2007年に出版した『A Teacher’s Guide to TOEIC® Listening and Reading Test Preparing Your Students for Success』で、TOEIC 250点から950点まで上げるのに1,750時間かかるとしています。
5.1. オックスフォード大学出版の研究結果【内容】
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*『A Teacher’s Guide to TOEIC® Listening and Reading Test Preparing Your Students for Success』(Oxford University Press)から引用
*Current score:現在のTOEICスコア、 *Target score:目標とするTOEICスコア
上の表は Oxford University Press(オックスフォード大学出版) が2007年に出版した『A Teacher’s Guide to TOEIC® Listening and Reading Test Preparing Your Students for Success』に掲載されたものですが、もともとは、1985年に武蔵野大学の三枝幸夫氏が発表した論文『Prediction of English Proficiency Progress』に掲載されたものであり、Oxford がそれを引用しました。これは、三枝氏が社会人の英語研修の受講時間・受講前の英語力とTOEIC テストスコアの変化の関係を分析した結果です。
この表によると、250点の人が950点を取るには1,750時間必要ということになります。
5.2. オックスフォード大学出版の研究結果【注意点】
繰り返しになりますが、たとえTOEIC 950点獲得しても話せない日本人が大半です。したがって、TOEIC 950点を獲得することが英語を習得したことにはなりません。つまり、この三枝氏(オックスフォード大学出版)の研究結果からは、日本人は1,750時間で英語を習得できるとは言えないということです。
英語習得に必要な時間としてではなく、TOEICに必要な時間として見る場合でも、いくつかの注意すべき点があります。
計算方法が開示されていない!
三枝氏は、プレテストのTOEICリスニングスコアとTOEICリーディングスコアと授業時間を独立変数、ポストテストのTOEIC リスニングスコアとTOEIC リーディングスコアを従属変数とした重回帰分析を行ったとしていますが、詳細分析を明らかにしていません。したがって、どの程度信用できるものかを判断することができません。
40年前の分析が今も通用する?
この分析は1985年に発表された論文に掲載されているので、現在のTOEICの形式とは異なることを考慮しなければなりません。特に最近のTOEICは難易度が上がっていることを考慮すると、40年前の結果をそのまま現在のTOEICに当てはめることは無理があります。
自主学習時間が含まれていない!
提示されている学習時間は「英語研修の受講時間」であり、自主学習時間が含まれていません。単に英語研修を受講しただけの人と、予習復習もしっかりやった人とは、その効果が全く異なります。したがって、上記の時間をそのまま必要な学習時間を解釈することはできません。
6. 英語習得時間【最終結論】by The English Club
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このコラムでは、英語習得時間についての5つの研究結果を紹介しましたが、すべて参考程度にしかならないというのが The English Club の結論です。なぜなら、学習方法(教授方法)を全く無視しているからです。学習方法を無視して学習時間だけを議論することにどれだけの意味があるのでしょうか?
ここで紹介した英語習得に必要な時間に関する研究結果のほとんど(大阪公立大学の稲垣准教授の研究結果以外全て)が、「学習時間」ではなく、英語のクラスの「受講時間」です。しかし、そのクラスでの教授方法(学習方法)については、一切考慮されていません。
当たり前ですが、効率的な方法で学習すれば学習時間は短縮できます。非効率な方法ではいくら長時間勉強しても習得できないこともあります。たとえば、日本の中学・高校での英語の授業は、いまだに「文法訳読方式」をメインに教えていますが、その教授方法の授業を一生受け続けても、絶対に英語を使えるようにはなりません。
このコラムを読んで、英語習得には思ったより時間がかかると思った方も多いと思います。これらの研究結果からは、その程度の理解で十分です。あとは、なるべく時間をかけずに英語を習得するための効率的な「学習方法」に目を向けた方が賢明です。
なお、日本人が英語習得時間をなるべく短縮する方法については、「英語習得には最低3000時間!達成するための11のコツと学習習慣」を参照してください。
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