英語のスピーキングをなんとかしたい。そう思っている多くの日本人に伝えたいことがある。TOEIC(LR)で高得点を獲得しても話せないので仕事では全く使えないという方は多い。オンラインで英会話を習っているがなかなか上達しない方も多い。音読やシャドーイングを繰り返すだけでは限界を感じている方も多いはずだ。
なぜか?「リハーサル」をしていないからだ。第二言語習得研究では、このリハーサル無しにはスピーキング力は絶対に向上しない指摘されている。非常に重要なことなのだが今までほとんど指摘されてこなかった。是非あなたの英語学習に取り入れて頂き、効果を実感してほしい。
目次
1. 英語スピーキング|話すためのボトムアップ学習とトップダウン学習
英語のスピーキング力を向上させるには、単語・文法・発音の3つを組み合わせて無限の英文を、自由に、そして素早く作れるようになることが必須だ。
一方で、話すたびに一から英作文することは非効率である。自分で作った英文が、ネイティブ・スピーカーにとってナチュラルかどうかの判断も難しい。これらを克服するためには、よく使用される定型表現や言い回しを覚え、使えるようにしていくことも重要だ。
単語・文法・発音を組み合わせて無限の文章を作れるようにする学習を「ボトムアップ学習」、定型表現や言い回しを覚えて使えるようにする学習を「トップダウン学習」と呼ぶことにする。
2. ボトムアップ学習|日本語排除と表現単純化とリハーサル
単語・文法・発音を組み合わせて無限の文章を自由に素早く作れるようになるためには、日本語を介在させることなく英語を使う能力(日本語排除)と、言いたいことを簡単な単語と文法で表現できる能力(表現単純化力)を強化していかなければならない。それらの能力をアップさせるためには「リハーサル」が必須だ。
2.1. 日本語排除でスピーキング力アップ
第二言語習得研究では、頭に浮かんだ言いたいことを言語化し、実際に発話するプロセスのことを、スピーキングの「プロダクション・モデル」という。日本人が英語を話す場合、そのプロセスは2通りある。
2.1.1. 言いたいことを日本語から英語に変換するプロセス
英語を発話するプロセスの一つ目は、言いたいことを一旦日本語にしてから、それを英語に変換するプロセスだ。現状、英語を学習している方の多くがこのプロセスを踏んでいるだろう。しかし、このプロセスには2つの弱点がある。
- 日本語から英語に変換するのに時間がかかる。
- 日本語から英語に変換する時に適切な英単語が思い浮かばない。
会話の時に、いちいち日本語から英語に訳してから話したり、聞いた英語をいちいち日本語に訳して理解していたらスムーズな会話はできっこない。また、日本語を英語にするときに英単語が出てこなくてつまってしまった経験は誰にでもあるだろう。
2.1.2. 言いたいことを直接英語にするプロセス
英語を発話するプロセスの二つ目は、言いたいことを直接英語にするプロセスだ。英語で考えてそのまま英語で話す。日本語は介入させない。このプロセスで英語を使えるようになればスムーズに会話することができる。そして途中でつまってしまうこともなくなる。英語学習者の最終目標といっていいだろう。
しかし、最初からこのプロセスで英語を話すことは不可能だ。最初は頭の中で日本語を英語に変換するプロセスから始まり、徐々に直接英語にするプロセスに移行していく。直接英語にするプロセスのパーセンテージが徐々に高くなっていき、徐々にスピーキング力がアップしていくイメージだ。
2.2. 表現単純化は頭の使い方でスピーキング力アップ
英語のスピーキング力をアップするには、自分の言いたいことをなるべく簡単な単語と単純な文法で表現できるように、言いたいこと自体を単純化する必要がある。
我々日本人は日本語が得意だから複雑なことでも日本語では表現できる。しかし、英語は苦手なので複雑なことを言おうとすると途中でつまってしまう。その場合は、自分の英語力でも伝えられるように自分が言いたいことを単純化するのだ。下の例文をみて欲しい。
「この本は私を成長させてくれた。」ということを英語で言いたいとする。でも、ちょっと難しいと感じた場合、他の言い方を考えてみる。「私はこの本で成長した。」が浮かんだが、これでも自分の英語力では言えそうにない。もうちょっと考えてみる。「私はこの本から色々学んだ。」が浮かんだ。これなら自分の英語力で言えそうだ。作った英文は非常に簡単だ。
最終的に作った英文は、最初に言いたいと思ったこととは若干ニュアンスが異なるかもしれない。しかし、つまって何も言えないよりも遥かによい。意味は若干異なっても、自分の言いたいことの大意が伝わればよいという割り切りも重要だ。英語のスピーキング力をアップするにはこの思考回路を持つことが必須なのだ。
2.3. ボトムアップ学習の基本トレーニングはリハーサル
単語・文法・発音を組み合わせて無限の文章を作れるようにするボトムアップ学習には、「リハーサル」が必須である。その重要性は第二言語習得研究でも立証済みだ。ピッツバーグ大学言語学教授の白井氏は、「リハーサルの効果は絶大」と指摘している。
第二言語習得研究で使われている「リハーサル」という言葉は、英語で考えることを意味する。白井氏いわく、「単語や文を実際に声に出さずに頭の中で言うタスク(課題)」なのだ。
「リハーサル」によって、言いたいことを直接英語にするプロセスへの移行が促進され、表現単純化の思考にも慣れてくる。結果的にスピーキング力が向上していくのだ。
3. ボトムアップ学習|リハーサルの具体的なトレーニング法
英語で考える「リハーサル」をいきなりやれといわれてもなかなかできることではない。そこで、英語で考えるリハーサルの状況を作り出す具体的なトレーニング方法を5つご紹介する。全て一人でできるトレーニングだ。英語のスピーキング力は、独習で鍛えていくことが基本だ。
3.1. シミュレーション(Simulation)のやり方と効果
シミュレーションとは言いたいことを前もって頭の中で考えることだ。言ったことを後で振り返って修正することも含まれる。スピーキング力アップのための基本中の基本のトレーニングであり、英語で考える「リハーサル」の中心的なトレーニング方法の一つだ。
3.1.1. シミュレーションのやり方
- 英語で話す必要がある場合、もしくはその場合を想定し、言いたいことを頭の中で英文にしてみる。(前もってシミュレーションする「Pre-シミュレーション」)
- また、実際に英語で話す機会があった場合、その後、うまく言えなかったことを再度頭の中で英文にしてみる。(振り返ってシミュレーションする「Post-シミュレーション」)
- 頭の中で作文することが難しい場合は書き出してみる。そして、単語・文法・発音であいまいなところがある場合は辞書等で調べて完璧にしておくこと。あいまいなままにしておくとあいまいのまま記憶されてしまう(第二言語習得研究では「化石化」という)。
3.1.2. シミュレーションの効果
シミュレーションを行うことにより、自分で使える言い回しや表現方法を頭の中に蓄積でき、スピーキングの流暢さを向上させることができる。シミュレーションするには、使用する単語・文法、そして発音を深く理解する必要があるため、自分の弱点に気付くことができ英語力の底上げにもつながる。
3.2. リプロダクション(Reproduction)のやり方と効果
リプロダクションとは聴いた英文を再現(Reproduce)することだ。意味を理解することに意識を集中して英文を聴き、その意味を基に英文を再現するスピーキングのトレーニング。結果的に音源の英文と同じになっても構わない。その再現の過程がリハーサルになるのだ。
3.2.1. リプロダクションのやり方
- 自分のレベルに合った音源付きのワンセンテンスが長めの英文を用意。
- 一文ずつ音源を再生し、英文(スクリプト)を見ないで、意味を理解することに集中しながら聞いたあと、理解した意味を基に同じ意味になるように頭の中で英作文しながら声に出す。(結果的に音源の英文と全く同じになっても構わない。)
- 一文で表現することが難しい場合は2〜3文に分けてみる。また、頭の中で作文することが難しい場合は書き出してみる。
3.2.1. リプロダクションの効果
リプロダクションは、聞いた英語のセンテンスを再度頭の中で組み立てるため、インプットされた文法の知識をアウトプットできる (使える) ようにする。また、頭の中で英作文することにより、自然と自分の使える (得意とする) フレーズを脳に蓄積することができ、スピーキングの流暢さ向上を促す。
3.3. ディクトグロス(Dictogloss)のやり方と効果
ディクトグロスはリプロダクションに似ている。意味を理解することに意識を集中して英文を聴き、聞き取れた単語を書き取る。それをもとに、書き取れなかったところを想像しながら英文を復元するスピーキングとライティングのトレーニングだ。英文を復元する過程がリハーサルになる。
3.3.1. ディクトグロスのやり方
- 自分のレベルに合った音源付きの英文を用意。
- 一文ずつ音源を再生し、スクリプトを見ないで、意味を理解することに集中しながら聞き、聞き取れた単語を書き取る。
- 理解した意味と書き取った単語を基に英文を復元する。
- スクリプトをみて自分が再現した英文と比較し分析する。
3.2.1. ディクトグロスの効果
ディクトグロスは、聞き取れなかったところを想像しながら文章を組み立てることにより、単語や文法の知識を自分でも使えるようにする。書きながら文章を組み立てることにより、自分の使えるフレーズを脳にしっかりと定着させることが可能。スピーキング力に加えてライティング力もアップできる。
3.4. リフレーズ(Rephrase)のやり方と効果
リフレーズとは他の英文に言い換えることだ。通訳を目指す方の定番練習法としてその効果は認められている。聴いた英文をだいたい同じ意味になるように言い換えるスピーキングのトレーニングだ。他の単語や文の構造で言い換える過程がリハーサルになる。
3.4.1. リフレーズのやり方
- 自分のレベルに合った音源付きの英文を用意。
- 一文ずつ音源を再生し、スクリプトを見ないで、意味を意識しながら聞き、同じ意味になるように別の英文に言い換える。
- 理解した意味を別の英文1文で表現することが難しい場合は、2〜3文に分けて表現してみる。また、頭の中で作文することが難しい場合は書き出してみる。
- 自分で作った(書き出した)文を自分で分析する。
3.4.2. リフレーズの効果
リフレーズは日本語を介入させないで様々な言い回し(表現方法)を使えるようにするトレーニングだ。色々な言い回しや表現方法を頭の中に蓄積し、使えるようにすることでスピーキングの流暢さを向上させる。また、英語を英語のまま理解し、その英文を他の英文に(日本語を介入させないで)言い換えることで英語脳を強化できる。
3.5. サマライズ(Summarize)のやり方と効果
サマライズとは要約することだ。ある程度長い英文聴き、大意を自分のことばで要約するスピーキングのトレーニングだ。これも通訳を目指す方の定番練習法としてその効果は認められている。自分のことばで要約する過程がリハーサルになる。
3.5.1. サマライズのやり方
- 自分のレベルに合った音源付きの長めの英文を用意。
- 長めの英文の音源を最後まで通して再生し、スクリプトを見ないで、意味に意識を集中しながら聞いたあと自分のことばで要約する。頭の中で作文することが難しい場合は書き出してみる。
- 要約するセンテンスの数を3つ程度に限定すると要約しやすいだろう。
- 自分で作った(書き出した)文を自分で分析する。
- 最後にスクリプトを見て内容を確認し、再度自分のことばで要約し直してみる。
3.5.2. サマライズの効果
サマライズは、長めで難易度が高めの英文をノンストップで聞くことにより、英語を英語のまま理解し全体の概略を把握する能力が向上する。そして、聞いた長めの英文を英語のまま要約して声に出すことで、頭に浮かんだ言いたいことを日本語を介入させることなく英語にする能力を向上させ、スピーキングの流暢さを向上させる。
4. トップダウン学習|定型表現と言い回しとシャドーイング
英語の習得は、単語・文法・発音を組み合わせて無限の文章を作れるようにするボトムアップ学習が基本だ。定型表現を覚えるだけでは英語は習得できない。しかし、スピーキングの流暢さを向上するためには、よく使用される定型表現や言い回しを覚えて使えるようにすることも必要だ。
4.1. ビジネスシーンでの英語は定型表現や決まった言い回しが多い
第二言語習得研究から、英語の日常会話は2分の1から3分の1程度を定型表現が占めるといわれている。また、フィンランドのトゥルク大学言語センター長のマイク・ネルソン氏によれば、ビジネス英語のように特定の集団内で使用される言葉には、日常会話以上に定型表現が多いのだ。
定型表現や決まった言い回しを使えるようにすることは、即効性のあるスピーキング力向上方法だと言える。
4.2. 定型表現や言い回しを覚えて自然な英語で話そう
よく使用される定型表現や言い回しを覚えることは、ネイティブ・スピーカーにとって自然な表現で話せるようになるという目的もある。
文法的に正しい英語でも、ネイティブ・スピーカーにとっては奇妙な英文はいくらでも作れる。下記の例をみてほしい。なお、この例文はピッツバーグ大学言語学科の白井教授の書から拝借した。
Your marring me is desired by me.
あなたが私と結婚することが私によって希望されている。
この英文は文法的には全く問題ない。しかしネイティブ・スピーカーにとっては、非常に不自然で奇妙な文章だ。これほど奇妙な英文であれば、英語を得意とする日本人でも奇妙と感じることができると思うが、基本、我々日本人には、どのような表現がネイティブにとって自然かどうかを判断することはできない。文法の範疇を超えた「ネイティブが言うか言わないか」の部分だからだ。
白井教授は、「単語と文法だけでは自然な英語を取得できないことは明らか」だと指摘している。よく使用される表現や言い回しを覚えることは、この問題を克服する近道でもある。
ちなみに、上記の例文を自然な表現にすると下記になる。
I want you to marry me.
私はあなたに私と結婚してほしい。
4.3. トップダウン学習の基本トレーニングはシャドーイング
よく使用される定型表現や言い回しを覚えて使えるようにするにはシャドーイングが効果的だ。シャドーイング(shadowing)とは、英文を見ないで、音源の後1〜2語遅れて、影(shadow)の様に音源通りに声に出して追っかけていくトレーニング法だ。
シャドーイングは定型表現などを覚えることだけが目的ではない。スピーキング力自体も向上してくれる。関西学院大学大学院応用言語学教授の門田氏は、シャドーイングは「スピーキングの文発話をシミュレーションし、結果的にスピーキング力を向上させる」と指摘している。
シャドーイングは単独でも効果はあるが、音読などの他のトレーニングと組み合わせて行うとより高い効果が期待できる。おすすめのトレーニング・フローをご紹介しよう。
5. トップダウン学習|シャドーイングのトレーニング・フロー
シャドーイングは色々なやり方があり、やり方によって効果が全く変わってくる。ここでは、特にスピーキング力を向上することに主眼を置いた「トップダウン・シャドーイング」の方法をご紹介する。
トップダウン・シャドーイングは、シャドーイングを行う前に、他のトレーニングを通じて使用する英文素材の内容をあらかじめ理解しておく方法だ。このやり方は、単語や文の構造(文法)を理解した上でシャドーイングを行うので、単語と文法の知識や定型表現を自動的に使えるようにする効果が高い。
このトレーニングは8つのアクティビティが含まれる。順番にやり方を説明しよう。
5.1. リスニング(Listening)
まずは聴く。英文(スクリプト)は事前に見ない。どの程度聞き取れるか確認しよう。あまり聞き取れない場合は何度か聴いてみよう。
5.2. アイ・シャドーイング(Eye-shadowing)
スクリプトを目で追いながら音源を聴く。リスニングで聞き取れなかったところと、意味が理解できなかったところに注意して何度か繰り返す。
5.3. 音読と意味確認(Reading aloud)
音読をしながら英文の意味(内容)を確認する。理解できないところは辞書や文法書で調べよう。意味が全部理解できたら再度数回音読すること。
5.4. リピーティング(開本)(Repeating)
スクリプトを目で追いながら(開本)音源を一文聴き、一旦音源を止めて音読する。意味を意識しながら行い、内容が頭にスーッと入ってくるようになるまで繰り返そう。
5.5. オーバーラッピング(Overlapping)
スクリプトを目で追いながら音源を聴き、同時に音源にぴったりと合わせて声を出してついていく。スピードに注意しながら意味に意識を集中して繰り返しやろう。うまくできない場合は声を出さないリップ・シンク(口パク)を試してみるとよい。
5.6. ルックアップ&セイ(Look-up & say)
スクリプトを目で追いながら音源を一文聴き、一旦音源を止めて、顔をあげて(ルックアップ)暗唱(セイ)する。意味を意識しながら繰り返し練習しよう。
5.7. リピーティング(閉本)(Repeating)
スクリプトを見ないで(閉本)音源を聴き、暗唱(リピート)する。意味に意識を集中して何度か繰り返そう。
5.8. シャドーイング(Shadowing)
仕上げのシャドーイングだ。スクリプトを見ないで、音源の後を1〜2語遅れて、声を出しながら追っかけよう。意味を意識して繰り返し練習すること。うまくできない場合や、意味が頭に入ってこない場合はオーバーラッピングや音読に戻ってほしい。
シャドーイングはやればやるだけ効果がでる。「これでもか!」というくらい繰り返してほしい。
なお、シャドーイングの効果ややり方についての詳細、「英語のシャドーイング|4種類のやり方と効果&6のコツを徹底解説!」を参考して頂きたい。
6. 英語スピーキング|科学的知見からの5つの注意点
英語のスピーキング力を効率的に向上させるために絶対に注意していただきたいことが5つある。筆者が今までの経験を通して得たもののうち、科学的に確かな裏付けがあるもののみ掲載した。是非参考にしてほしい。
6.1. インプットなしにはアウトプットできない!
空っぽの箱の中からは何も出すことはできない。英語の学習も同じだ。頭の中に英語があまり入っていないのに、英語が話せるわけがない。まずは英語を入れることだ。英語習得はインプット(読む・聞く)の理解なしには起こらない。第二言語習得研究が指摘する厳然たる事実だ。
明治大学教授の廣森氏は、「もともとのインプットの量が少なければ、アウトプット(話す・書く)できる量はそれよりもはるかに少なくなる。」と指摘している。一方で、インプットだけではアウトプットできるようにはならないことも事実だ。白井教授は、「大量のインプットと少量のアウトプット」が英語学習の基本であると指摘している。
英語のスピーキングで悩む前に、まずはインプットの量が充分かどうかを考えてみてもいいかもしれない。
6.2. スピーキング練習には「化石化」に注意!
第二言語習得研究では、基礎力が無いうちから話すことを強要されると、「変」な英語が身につくといわれている。「化石化」(fossilization)という現象だ。
例えば、単語・文法の基本的な知識がないうちに英会話スクールで講師にうながされて話すと、単語も文法もめちゃくちゃな「変」な英語を作ってしまう。その後で講師に修正されても、自分で苦労して創出した「変」な英語が強烈な印象を持って頭に刻み込まれ、何度も同じ間違いをしてしまうという現象だ。
この「化石化」を避けるためには、学習の初期段階での基礎学習とインプット(聞く・読む)が重要なのだ。
6.3. 初級者のスピーキングは文法より発音が重要!
言語の要素は、単語・文法・発音の3つしかない。文法とは単語の並べ方だ。要するに、英語を習得するということは、単語を覚えてその並べ方と発音の仕方を覚えること。それしかない。日本人が英語が苦手なのは、この3つのうちの「発音」に根本原因がある。
東京大学大学院神経生理学の池谷准教授は、アメリカ留学の経験から、英語のスピーキングは「いかに文法が正しいか、いかに表現が適切か、ということよりも、いかに発音が正しいか」の方が重要であり、「初心者レベルでは、「英語(のスピーキング)が下手であるとは、発音が下手である」とさえ言える」と述べている。
また、「音声面を重視した英語教育をしてこなかったことが、日本の英語教育の最大の過ち」と指摘するのは、同時通訳の神様と称され、英国エディンバラ大学の客員教授だった國弘氏だ。神奈川大学名誉教授の深澤氏は、日本人の「使えない英語の根本的な要因は、音声学を持たない日本の英語教育にあった」と指摘している。
英語の発音についてはいくつかコラムを書いている。興味がある方は「英語の発音記号|日本人が苦手な母音と子音を14のコツで矯正しよう」から読んでいただけるとよいだろう。
6.4. 話す機会を増やすだけでは話せるようにはならない!
英語が話せないから英会話スクールに行く。もしくはオンラインで英語を話す機会を増やす。これでは、英語のスピーキング力を効率的に向上させることはできない。スピーキング力を向上させるには、話す機会を持つことが重要なのではなく、その準備、すなわち「リハーサル」が重要なのだ。
では、実際に会話することとリハーサルは何が違うのか。リハーサルの方はじっくりと考える時間があるということだ。時間が掛かっても、まずは正確な文章を作れるようにしなければならない。そのスピードを上げる目的であれば、英会話スクールやオンライン英会話は役に立つだろう。
白井教授は、英語習得の鍵は「インプット+アウトプットの必要性」と表現している。「アウトプットの必要性」とは、実際にアウトプットする必要はなく、アウトプットの必要性のある状態に置かれることで頭の中でリハーサルすることだ。
6.5. 自分のことを話す練習はこころに残る!
英語のスピーキングの練習をするときは、自分のこと、もしくは強烈に興味があることを題材にした方が記憶に定着しやすい。上記で紹介したトレーニングを行うときには、そのような題材を使おう。
心理学や脳(神経)科学の研究から、他人のことよりも自分のことの方が記憶に残り、また脳の中でも自分のことについては処理する部位が異なるということがわかっている。白井教授は、「自分のことでなくても、自分にとって重要な人や事柄については、そうでない場合より記憶に残ることは間違いないでしょう。」と述べている。
このことは、自分の興味があることは記憶に残りやすいということにつながる。自分自身のこと以上に興味があることはあまりない。
7. スティーブ・ジョブズとリハーサルに挑戦してみよう!
英語のスピーキング力向上に「リハーサル」が効果的であることは、第二言語習得研究で立証されている。スティーブの前に、まずはその5つのトレーニングをやってみよう。
7.1. シミュレーションに挑戦してみよう!
3つのシチュエーションを用意した。状況を思い浮かべて、自分の言いたいことを頭の中で英文にしてみよう。頭の中で英作文することが難しい場合は紙に書いてもよい。そして、参考例文も載せたので、それらを参考にして自分で作った英文を分析した後、繰り返し暗唱してみよう。
SAMPLE-1 シチュエーション
タクシーの運転手に、JFK空港まで連れて行って欲しいと伝えましょう。
SAMPLE-2 シチュエーション
プレゼンを聞いていたら理解できないところがありました。手をあげて聞いてみましょう。「よくわからなかったので、そこをもう一度説明してもらえますか?」と。
SAMPLE-3 シチュエーション
顧客と商品の売却価格について交渉中です。現在の割引率を継続するには、最低1万個の受注が必要です。価格表を見てもらいながら説明しましょう。
SAMPLE-1 参考英文
Can you take me to the JFK Airport, please?
SAMPLE-2 参考英文
Excuse me. Could you go over that again, please? It wasn’t very clear for me.
SAMPLE-3 参考英文
As you can see from the figure we’ve calculated, in order to deliver at the current discount rate, we need a minimum order of 10,000 units.
7.2. リプロダクション・ディクトグロス・リフレーズに挑戦してみよう!
スティーブ・ジョブズが2005年にスタンフォード大学の卒業式で行った有名なスピーチを使って、リプロダクション・ディクトグロス・リフレーズに挑戦してみよう。単語・文法・発音の説明も載せたので、上記でご紹介したトレーニング方法を参考に練習してみてほしい。
尚、このスピーチは上級者向けなので、初・中級者の方は下記でご紹介する教材で練習することをおすすめする。
SAMPLE-1 音源
SAMPLE-2 音源
SAMPLE-3 音源
SAMPLE-4 音源
SAMPLE-1 スクリプト
I had the surgery and thankfully I’m fine now.
- surgery /sə́ːrdʒəri/ (名) 手術 ⇨ have a surgery: 手術を受ける
- thankfully /θǽŋkfəli/ (副) 幸いなことに
SAMPLE-2 スクリプト
This was the closest I’ve been to facing death, and I hope it’s the closest I get for a few more decades.
- This was the closest I’ve been to facing death: “This” は、手術を含めた一連の出来事のこと。“the closest” は「一番近いところ」の意。次の “I” 以下がどのような「一番近いところ」かを説明している。 “closest” の後に “place that (関係代名詞)” を入れると理解しやすい。“have been to 〜” は「経験」を表す現在完了形で「〜行ったことがある」の意。 “facing 〜” は “the closest (place)” を修飾して「〜に直面する (一番近いところ)」の意。全体の意味は「これは、私が今までに経験した、死に直面した一番近いところ」の意。
- decade /dékeid/ (名) 10年
- I hope (that) it is the closest I get for a few more decades: “hope” の後に “that” が省略されている。 「私は “that” 以下のことを望む」という意味で “that” 以下は将来を示すがここでは現在形が用いられている。 ここは “closest” の後に “place where (関係副詞)” を入れると理解しやすい。 “for a few more decades” は「更に二、三十年の間は」の意。
SAMPLE-3 スクリプト
Having lived through it, I can now say this to you with a bit more certainty than when death was a useful but purely intellectual concept.
- live through 〜: 「〜を通って生きる」から「(危機など) を乗り切る」の意。
- Having lived through it, (I can 〜 ): 分詞構文。 “(As) I have lived through it,” 「私はそれを乗り切ったので」を簡潔にしている。
- with /wíð/ (前) ここでは「~を備えて」の意。
- bit /bít/ (名) 少し ⇨ a bit more 〜: もう少し〜
- certainty /sə́ːrtnti/ (名) 確実性 ⇨ with certainty: 確信も持って
- purely /pjúərli/ (副) 単に
- intellectual /ìntəléktʃuəl/ (形) 知的
- concept /kɑ́nsept/ (名) 概念
- I can now say this to you with a bit more certainty than when death was a useful but purely intellectual concept: “this” はこの文の次に続くことばのこと。 “a bit more 〜 than when …” で「…の時よりも、もう少し〜」の意。
SAMPLE-4 スクリプト
No one wants to die. Even people who want to go to heaven don’t want to die to get there.
- Even people who want to go to heaven: ここまでが主語。 “who” は関係代名詞で「〜したい人ですら」の意。
- get there: 「そこに行く」の意。ここでは “there” は “heaven”。
7.3. サマライズに挑戦してみよう!
スティーブ・ジョブズのスピーチの感動的な最後のパートだ。通して聞き、3センテンスで要約してみよう。
It clears out the old to make way for the new. Right now the new is you, but someday not too long from now, you will gradually become the old and be cleared away. Sorry to be so dramatic, but it is quite true. Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life. Don’t be trapped by dogma which is living with the results of other people’s thinking. Don’t let the noise of others’ opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.
- clear out: “out” は「外へ」のニュアンス。「外に出してきれいにする」から「追い出す」の意。主語の “it” は “Death”。
- the old: 年老いた人 (“the” + 形容詞で「〜の人」の意。) ⇔ the new: 新しい人
- but someday not too long from now: “someday” とそれ以下は同格。「今からそれほど遠くないいつか」の意。
- gradually /grǽdʒuəli/ (副) 徐々に
- clear away: “away” は「離れて」のニュアンス。「離してきれいにする」から「退去させる」の意。
- sorry to 〜: ~して悪いのですが
- dramatic /drəmǽtik/ (形) 大げさな
- quite /kwáit/ (副) 全く
- don’t waste it living someone else’s life: “waste O + 〜ing” で「〜しながらOを無駄にする」の意。 “it” は “your time”。 全体では「他人の人生を生きることでそれを無駄にするな」の意。
- trap /trǽp/ (動) だます
- dogma /dɔ́(ː)gmə/ (名) 定説
- live with 〜: 〜に甘んじる
- dogma which is living with the results of other people’s thinking: “which” は関係代名詞。「他人が考えた結果に甘んじることである “dogma”」の意。
- let /lét/ (動) させる ⇨ let O + V: OにVさせる
- drown /dráun/ (動) 「~を溺死させる」から、ここでは「〜をかき消す」の意。⇨ drown out 〜: “out” は「外に」のニュアンス。「〜を外にかき出して消す」のニュアンス。
- inner /ínər/ (形) 内側の
- Don’t let the noise of others’ opinions drown out your own inner voice: “of” は、ここでは同格で「他人の意見という雑音」の意。「“the noise of others’ opinions” に “your won inner voice” を “drown out” させるな」の意。
- most important: 副詞句的に「最も重要なことは」の意。
- courage /kə́ːridʒ/ (名) 勇気
- intuition /ìntjuíʃən/ (名) 直感
- They somehow already know what you truly want to become: “they” は “your heart and intuition”。 “what” は先行詞を含む関係代名詞で、 “what” 以下は「あなたが本当になりたいもの」の意。
- secondary /sékəndèri/ (形) 二次的な、あまり重要でない
8. スティーブ・ジョブズとシャドーイングに挑戦してみよう!
スティーブ・ジョブズのスピーチの締めの部分を使ってシャドーイングに挑戦してみよう。上記でご紹介したトレーニング方法を参考に練習してみてほしい。
Stewart and his team put out several issues of The Whole Earth Catalog, and then when it had run its course, they put out a final issue. It was the mid-1970s, and I was your age. On the back cover of their final issue was a photograph of an early morning country road, the kind you might find yourself hitchhiking on if you were so adventurous. Beneath it were the words: “Stay Hungry. Stay Foolish.” It was their farewell message as they signed off. Stay Hungry. Stay Foolish. And I have always wished that for myself. And now, as you graduate to begin anew, I wish that for you. Stay Hungry. Stay Foolish. Thank you all very much.
- put out: 「外に置く」から「発行する」の意。
- issue /íʃuː/ (名) 版 ⇨ issue (動) 出版する
- run its course: 「その進むべき道を走る」から「自然な経過をたどる」の意。
- On the back cover of their final issue was a photograph of an early morning country road: “be” 動詞の場合は、その前後が入れ替わっても原則意味は同じ。つまり、A photograph of an early morning country road was on the back cover of their final issue. としても同じ意味。強調のために入れ替えている。
- kind /káind/ (名) 種類
- hitchhike /hítʃhàik/ (動) ヒッチハイクする
- the kind you might find yourself hitchhiking on: 直前の “an early morning country road” と同格の句。 “kind” の後に “of a road that” を補足すると理解しやすい。 “that” は関係代名詞。 “find O + 〜ing” で「Oが〜するのを見つける」の意。ここでは「あなた自身がヒッチハイクするのを (あなたが) 見つけるかもしれないような道」つまり「あなたがヒッチハイクするかもしれないような道」の意。
- adventurous /ədvéntʃərəs/ (形) 冒険心のある
- if you were so adventurous: 仮定法過去。「もしあなたが〜であれば」の意。現在の事実と違いことを示すので、ジョブズが、卒業生たちはそんなに “adventurous” だとは思っていないと考えられる。
- beneath /biníːθ/ (前) ~の下に
- Beneath it were the words: “Stay Hungry. Stay Foolish”: “were” の前後を入れ替えているため、主語が “it” なのに動詞が “were” となっている ( “it were” は仮定法であれば可能であるが、ここは仮定法ではない) 。本来は “The words: “Stay Hungry. Stay Foolish” were beneath it”。 強調のために入れ替えている。
- farewell /fὲərwél/ (形) 別れの
- sign off: “off” は「離れる」のニュアンス。「署名して離れる」から「締めくくる」の意。
- I have always wished that for myself: 継続を表す現在完了。 “that” は “Stay Hungry. Stay Foolish” 。「私はずっと、私自身いつも “that” であることを望んできた」の意。」
- graduate /grǽdʒu:èit/ (動) 卒業する
- anew /ənjúː/ (副) あらためて
- as you graduate to begin anew: “as” はここでは「〜だから」の意。ここでの “to” 不定詞は結果を表す。全体では「あなたは卒業し、再び始まるので」の意。
- このスティーブ・ジョブズのスピーチ全文の単語・文法解説と発音解説は別途記事にするので参考にしてほしい。
9. 英語スピーキングトレーニング用おすすめ教材はこれだ!
ご紹介したトレーニング法にマッチした教材を3冊ご紹介しよう。ボトムアップ学習とトップダウン学習用だ。自分の英語レベルと目的に合ったものを選択してほしい。
耳からマスター!しゃべる英文法[コスモピア]¥1,800+税
会話を聞いた後で、その会話についての質問、その次に自分のことについての質問が出るので一人で会話練習ができる。シミュレーションには最適な教材。初級者から中級者向け。
TOEIC(S&W)公式 テストの解説と練習問題[ETS]¥2,800+税
TOEICスピーキング&ライティングテストの公式解説+問題集。スピーキングのパートは、写真描写問題、応答問題、解決策と述べる問題、意見を述べる問題が含まれる。シミュレーションには最適な教材。中級者から上級者向け。
TED Talks
知識人、著名人や様々な分野のリーダー達の世界を変え得るアイデアを発信することが目的の非営利のサイト。平易な英語で行われているものが多いので、リプロダクション、ディクトグロス、リフレーズ、サマライズ、シャドーイングに最適。上級者向け。
10. 英語スピーキングのまとめ
- 英語のスピーキング力を向上させるには、単語・文法・発音の3つを組み合わせて無限の英文を作れるようになること、そして、よく使用される定型表現や言い回しを覚えることの2種類の学習が必要となる。
- 無限の文章を作れるようになるためには、日本語を介在させないで英語を使う能力と、言いたいことを簡単な単語と文法で表現できる能力を強化する必要がある。それには「リハーサル」が必須だ。
- 「リハーサル」とは英語で考えること。その「英語で考える」状況を作り出すトレーニング方法は、シミュレーション、リプロダクション、ディクトグロス、リフレーズ、サマライズの5つある。
- よく使用される定型表現や言い回しを覚えることは、スピーキングの流暢さを向上してくれる。そして、ネイティブにとって自然な英語で話せるようにしてくれる。それには「シャドーイング」がおすすめだ。
- 「シャドーイング」とは、音源の後1〜2語遅れて、影の様に音源通りに声に出して追っかけていくトレーニング法だ。定型表現などを覚えるためだけではなく、スピーキング力自体も向上させてくれる。
- 英語のスピーキング力は、科学的な知見から効率的に向上することが可能だ。ご紹介した絶対に注意していただきたい5つを是非あなたの学習に取り入れてほしい。
『英語独学完全マニュアル』
独学で効率的に習得する科学的学習法の全て(全79ページ)
英語は独学が基本です。しかし、「自分の学習方法が正しいかどうか…」不安に思っていませんか?本書は、英語の学習方法についてお悩みの皆さまに、第二言語習得研究と脳科学(神経科学)研究の知見に基づいた真に効率的な英語学習法をご紹介する解説書です。
無料eBookの主な内容
- 単語・文法・発音の効率的な基礎力強化方法
- インプット(読む・聞く)能力向上のための英語脳作りトレーニング法
- アウトプット(話す・書く)能力向上のためのリハーサル・トレーニング法
- 学習計画の立て方と効率性を上げるための学習習慣
そろそろ本気で英語を習得したいとお考えの方におすすめです。また、「英会話スクールに通っているけど思うように上達しない…」「TOEICで高得点を取ったけど話せない…」などでお悩みの皆さまも是非ご一読ください。