英語教材である「英語耳」を徹底的に検証する。リスニング力を伸ばすための発音矯正の教材である。
2004年に初版が発行された息の長い教材だが、本書は購入する価値はあるのだろうか?信頼に値する教材なのだろうか?本書の購入を検討されている方向けに「英語耳」を丸裸にする。
目次
1. 英語耳|おすすめ度 by The English Club
「本書記載の方法で発音学習を進めることは非常に非効率。母音と子音の発音の基礎を独学でざっくりと練習するにはおすすめ。」
本書は、「母音」と「子音」の個々の音を自分でも発音できるようにするための教材と割り切ったほうがよい。それを目的とし、かつ説明を飛ばし読みしつつ、付属のCDの音声とそっくりに発音できるようになるまで練習するという使い方であればおすすめする。
本書の冒頭には「この本のねらいは、英語のリスニングの完全マスターです。」と記されているが、本書および本書に記載されている学習だけではその目的は達成できない。そして、本書の学習方法そのものもおすすめできるものではない。その理由は以下の通りだ。
まず、「音声変化」に割いているページ数や音源は非常に限られており、決して十分なものとは言えない。加えて「プロソディ」を「歌」で覚えさせるという方法には賛成できない。
筆者が「Parrot’s Law」(オウムの法則?)と名付けている練習方法については、歌を使った練習を300回、短い会話を使った練習を100回、少し長い題材による練習を100回行うことを勧めているが、回数に関して全くの根拠がない。
本書は、意味を理解することが困難な説明や、冗長な記述、あまり有益とは言えない記述が多いため、完読することが非常に苦痛である。全てを読み、全てを理解することを目標にすると非常に非効率な学習になってしまう。
そもそも「発音」は「運動系」である。スポーツと同様、本を読むより人から習ったほうが圧倒的に効率的である。
2. 英語耳|本書の宣伝コピーと内容
松澤喜好(著)[アスキー・メディアワークス]¥1,600+税
「英語耳」の宣伝コピー(売り文句)の重要な部分をそのまま紹介しよう。本書がおすすめする使い方や学習法、本書の内容も合わせて紹介する。
2.1. 「英語耳」の宣伝コピー(本書に記載されているものの抜粋)
・この本のねらいは、英語のリスニングの完全マスターです。
・最終的には、日本語と同じように力を抜いていても英語をほぼ100%聞き取れ、何時間でも疲れを感じることなく聞き続けられる「英語耳(えいごみみ)」をつくることを目指します。
・本書が対象にする読者は、英語を学ぶ全ての人です。年齢も問いません。正しい発音は、何歳からでも身につけることができます。
2.2. 「英語耳」の内容
目次:
第1章 なぜ聞き取れないのか?
第2章 発音バイエル 子音編
Lesson 01[s][z]
Lesson 02[ʃ][ʒ]
Lesson 03[p][b][m]
Lesson 04[t][d][n]
Lesson 05[k][g][ŋ]
Lesson 06[f][v]
Lesson 07[θ][ð]
Lesson 08[tʃ][dʒ]
Lesson 09[h]
Lesson 10[l]
Lesson 11[w]
Lesson 12[j]
第3章 発音バイエル 母音編
Lesson 13[ɑ]
Lesson 14[æ]
Lesson 15[ʌ]
Lesson 16[ɔː]
Lesson 17[i][iː][e]
Lesson 18[uː][u]
Lesson 19[ai][ei][ɔi]
Lesson 20[au][ou]
Lesson 21[ɚː]
Lesson 22[ɚ]
Lesson 23[ɑɚ]
Lesson 24[ɔɚ]
Lesson 25[ə]
第4章 発音バイエル R編
第5章 発音バイエル 音声変化編
第6章 生の英語を使った学習法 “Parrot’s Law”
第7章 英文読書のすすめ 要素
2.3. 「英語耳」の使い方(本書に記載されているものの抜粋)
第1章 なぜ聞き取れないのか?
: …、「発音」が非常に重要なことを理解するための章です。1,2回じっくり読めば十分と思います。
第2〜4章 発音バイエル 子音編・母音編・R編
: …、英語の単音の発音を徹底的に練習します。書いてある内容は2、3回読んで理解すればいいのですが、… 最終的には付録CDについての音読を100回以上は繰り返してほしいと思っています。
第5章 発音バイエル 音声変化編
: …、英語の音が結合、変化、消音する感覚を覚えます。… 最終的には100回程度は繰り返してほしいと考えています。
第6章 生の英語を使った学習法 “Parrot’s Law”
: …。ここまでに学んだ単音の発音を、運用レベルで使えるように有機的に結びつけるのがねらいです。… 好きな曲や会話を自由に選んで教材にできます。… 「Amazing Grace」の朗読をDCに収録しました。… プロの歌手によるアカペラの歌声も収録しましたので、…。
第7章 英文読書のすすめ
: 映画やドラマの英語を100%聞き取れるようになるためには、「語彙力」と「読解力」が必要です。どのように辞書を活用するのか、どんな本を選べばいいのかや、おすすめ本のリストなど、… 役立つ情報を紹介します。
3. 英語耳|学習効果分析 by The English Club
「英語耳」の内容、やり方、効果について検証してみよう。
松澤喜好(著)[アスキー・メディアワークス]¥1,600+税
3.1. 発音記号の種類がバラバラ!
日本の英語学習教材や辞書の多くで使用されている発音記号は2種類ある。一つは「Jones式」であり、もう一つは「IPA」(国際音声記号)である。日本では前者の方が、より一般的に使用されているといっていいだろう。英和辞典でも「Jones式」を採用している方が多い。
本書のような発音を解説している教材は、普通はどちらかに統一して解説しているが、本書は、大部分を「Jones式」で、一部「IPA」で説明している。これは学習者にとって非常に分かりにくいだけではなく、その後の学習を非効率にしてしまう。
本書で説明されている「IPA」の発音記号は以下の4つ(左)だが、日本で出版されている教材は「Jones式」(右)で記載されている方が多いので、「IPA」で覚えていると、その後の学習で混乱することは避けられない。
IPA | JONES式 |
[ɚː] | [əːr] |
[ɚ] | [ər] |
[ɑɚ] | [ɑːr] |
[ɔɚ] | [ɔːr] |
「IPA」と「JONES式」の違いなど、発音記号についての詳細は「英語の発音記号|日本人が苦手な母音と子音を14のコツで矯正!」を参考にしてほしい。
3.2. 説明が「理解しにくい」or「意味不明」or「冗長」な部分が多い
本書は、意味を理解することが困難な説明や、あまり有益とは言えない記述、冗長な記述が多いため、完読することが非常に苦痛である。
例えば、「英語の子音の発音はフルートなどの管楽器の演奏に似ています。」という記述が30ページに記載しているが、そのあとの説明を読んでも、その理由が全く理解できない。
また、顕著な例が「私の英語学習歴」というコラムだ。「字幕のない洋画を見て『100%わかる!』と感じたのが30歳の少し前…」と豪語する著者の個人的な英語学習の歴史を綴っているのだが、このコラムの意図が全く理解できない。
著者は1950年生まれである。著者が英語を学習していた頃と、今の学習環境とは大きく違う(今の方がより便利な教材やツールもたくさんある)。加えて、ある個人の学習経験を、なぜそれがよかったのかという根拠を述べずに記載したところで何も役に立たない。
3.3. 「音声変化」の練習量が少なすぎる!
「音声変化」は、日本人の英語が聞き取れない一番の理由といわれている。母音や子音などの個々の発音よりもこちらの方が重要だと指摘する言語学習は少なくない。「音声変化」とは、単語と単語がつながって発音されることによって起こる音声の変化のことだ。「連結」「脱落」「同化」の3種類ある。「フラッピング」を加える場合もある。
本書は、この「音声変化」の説明に9ページ(p.93〜101)しか割いておらず、音声も10分程度しかない。この程度の量を練習したところで、本書の目的である「英語のリスニングの完全マスター」を達成することは不可能である。
「音声変化」(リエゾン)についての詳細は「英語のリエゾン(リンキング)|3つの種類・詳細ルールと克服法」を参考にしてほしい。
3.4. 「学術的」or「科学的」根拠が希薄な記述が多い
著者個人の経験に基づく主張が多く、学術的・科学的根拠が希薄なところが読者を不安にさせる。
例えば、本書(p.21)では「子音」と「母音」の個々の発音を学習してから、「音声変化」、そして「プロソディ」という順番で学習することをすすめているが、第二言語習得研究では、個々の発音より「プロソディ」を先に学習すべきであることは、複数の言語学者の実験により立証されている。
「プロソディ」についての詳細は「英語の発音|初心者向け科学的見地からの6つのコツと練習方法!」を参考にしてほしい。
また、練習方法のところで、「歌を使った練習(300回)」「短い会話を使った練習(100回)」などと、練習の回数を具体的に指示しているが、その根拠は極めて曖昧だ。著者は、オウムが人間の単語を初めて覚えるには約2,000回、次の単語は200回の練習で覚えるという例を説明し、それを根拠としているのだが…。
著者は、この練習方法を「Parrot’s Law」(オウムの法則?)と命名しているのだが、この部分の説明を読んだだけで「眉唾もの」(まゆつばもの)に思う方も多いだろう。
3.5. 「プロソディ」は歌では習得できない!
本書は、著者本人の過去の経験から「プロソディは『歌』で身につける」(p.20)ことを主張しているが、本来「プロソディ」を「歌」で習得することは至難の技である。
「プロソディ」(prosody/韻律) とは、主に「リズム」(rhythm/強弱) と「イントネーション」(intonation/抑揚) のことだ。
英語の「リズム」は、発話の「強弱」や「スピード」の差によって起こる。一般的には「強く」発音されるところは「ゆっくり」発音され、「弱く」発音されるところは「速く」発音される。それによって英語独特の「リズム」が生じるのだ。「歌」には、「歌」それぞれのリズムがある。その「歌のリズム」の中では、本来の「英語のリズム」は習得できないことは簡単に理解できるはずだ。
イントネーションとは、話すときの声の「高低」の変化のこと。日本語では「抑揚」という。英語はこのイントネーションの変化によって、日本語以上に意味(ニュアンス)の違いを表現できる。「歌」には、「歌」それぞれの「声の高低の変化」がある。その「歌声の高低の変化」の中では、本来の「英語の声の高低の変化」は習得できない。
「プロソディ」は、ネイティブの会話文を使用して習得するのが定石である。
「プロソディ」とその他英語の発音についての詳細は「英語の発音|初心者向け科学的見地からの6つのコツと練習方法!」を参考にしてほしい。
3.6. 母音と子音の発音方法の説明の努力は認める
日本人が苦手な音、つまり日本語には無い英語の音について、それらの発音方法を丁寧に解説しているところはよいと思う。しかしながら、そもそも発音の仕方を文字や絵で説明することには限界がある。詳細を丁寧に説明しようとすればするほど分かりにくくなり、読むのが苦痛になる。
著者も本書に書いているが(p.18)、発音はもともと「自分がきちんと発音できているかを判断するのは、とても難しい…」のだ。なぜなら、発音は「口」(唇・舌・喉・顎・肺・横隔膜)の動かし方が重要な「運動系」だ。つまり、スポーツと同じと考えていい。どのようなスポーツでも、書籍を読むより人から習ったほうが圧倒的に効率的である。
著者は、「自分の発音が正しかどうかを知るいちばんいい方法は、ネイティブスピーカーにチェックしてもらうことです。」と書いているが、ネイティブスピーカーよりも、英語の発音を熟知した日本人講師から教わることをおすすめする。日本人講師は、日本語の発音方法との違いを日本語で説明できるので圧倒的に効率的である。
3.7. 付属CDの音声はGood!
母音と子音の個々の発音を収録した音声はよい。それぞれの発音記号を短めに発音したときと、長めに発音したときの音声、そしてその発音が含まれた、それぞれ10前後の単語の発音の音声が含まれている。女性ナレーターと男性ナレーターと2つのバージョンが収録されているが、全てアメリカ英語である。
4. 英語耳|おすすめ使い方 by The English Club
本書と付属のCDを最大限に活用した学習方法をご紹介する。英語の発音は、優秀な日本人講師から教わることが最も効率的だが、独学で本書を使用する場合の効率的な学習法を説明する。
なお、「はじめに」(p.3)、「この本の使い方」(p.12)、「第1章 なぜ聞き取れないのか?」(p.14)などは読む必要はない。また、第5章以降も読む必要はない。あくまで、母音と子音の個々の発音トレーニングに特化することをおすすめする。
「Lesson 1」(p.31)から「Lesson 26」(p.88)まで、下記のステップでトレーニングを進めよう。
4.1.「Practice」を見ながら音源を聴く
それぞれのLesson内にある「Practice」のところを目で追いながら音源を聴く。小さな声でボソボソと自分でも発音しながら聴いてもいい(マンブリング)。なお、前もって説明を読む必要はない。
4.2.「Practice」を見ながら自分で発音
音源を止めて、自力で発音してみる。音源とそっくりに発音できるまで何度も繰り返す。口の動かし方を意識すること。うまく発音できないと感じた場合のみ、説明を読み、必要があれば音源を再度聞いてから、自力で繰り返し練習する。
4.3.「Practice」を見ながらシャドーイング
音源を聴きながら、かつ「Practice」を目で追いながら、音源のすぐ後を追っかけて自分でも発音する。ここでも音源とそっくりに発音できるまで何度も繰り返す。口の動かし方を意識すること。
4.4. 自分の発音を録音し音源と比較
音源を止めて、自分の発音を録音する。録音した自分の発音と音源の発音とを比較し、そっくりに発音できているか確認する。自分の発音が音源と異なる場合のみ、説明文を読みどこが違うのかを検討し、矯正する。口の動かし方に気をつけること。(自分で判断することが難しい場合は、発音のコーチングを受けることをおすすめする。)
4.5. 無意識的にできるようになるまで繰り返す
日本語にない口の動かし方を無意識的にできるようになるためには繰り返すしかない。まずは本書のLessonでシャドーイング(慣れてきたら「Practice」を見ない)を繰り返し、その後、他の教材を使って、口の動かし方を意識しながら、何度も音読やシャドーイングを繰り返す。
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