日本の英語教育がダメダメだと言われ始めてからかなり経つ。しかし、いまだに全くといっていいほど改革が進んでいない。
現在の日本の英語教育の状況は、「危機感」を通り越して「諦めの境地」に近い。このままでは、日本人は更に内へ内へと向かい、日本の社会は更にガラパゴス化し、グローバル社会から「遅れ」をとるなんて生やさしいものではなく、「分断」されていくことになる。そうなったら日本は衰退の一途だ。それはもう始まっている。
このコラムでは、日本の英語教育の「絶望的」な問題点を指摘し、それらを解決するための「絶対的」な改革案を提示する。日本の英語教育に絶望と怒りを感じつつ、なんとかしなければいけないと思う皆さまと一緒に変革していければ… というわずかな希望を持ちつつ…。
目次
1. 日本の英語教育「問題点」①|「英語の教え方」が全然ダメ!
日本の英語教育の方法は、明治時代の文明開花のときから変わっていない。「そんな大袈裟な」と思うかもしれないが本当のことだ。その時代錯誤の英語教育方法が「文法訳読方式」だ。
文明開花のときから続く、この「文法訳読方式」が、日本の英語教育の元凶だということは、ほとんどの言語学者の共通する認識である。
1.1. 「文法訳読方式」という時代錯誤な教育法
「文法訳読方式」というのは、「文法を重視して訳して読解する方式」である。この教育法(学習法)は、「英語を正確に日本語に訳して理解する」ことを最も重要視する。
この「文法訳読方式」とは、なんと!もともとは古文書などに書かれた古代の文字を「解読」する方法なのだ。我々日本人は文明開花以来、英語をいう異国の文字を「解読」する方法を学んできたのである。それをいまだに続けているのが日本という国なのだ。こんなことをやっている国は他にはない。
日本の現状はというと、中学・高校の英語教師は「文法訳読方式」の教え方しか知らない。自分たちもその方法で習ってきたからだ。そして、大学受験の英語もいまだに「英語を正確に日本語に訳して理解する能力」が重視されている。この「文法訳読方式」でシステムがガチガチに固まっているので、いつまで経っても抜け出せないのである。
指摘しなくても理解できると思うが、この「文法訳読方式」というのは、英語を使えるようにする教育法(学習法)とはかけ離れている。こんなことをやっている限り、日本人が英語を使えるようになるはずがないのだ。
1.2. 「英文を前から理解する」という言語の基本すら無視
日本の英語教育では、英語を正確に理解できているかどうかを判断するために、英語を正確に日本語に訳す能力を重視している。中学や高校の英語のテストでも、それで点数をつける。大学受験英語の点数の良し悪しもそれで決まる。
英語を正確に日本語の訳すためには、英文を後ろから「戻り訳す」必要がある。下記の例文を見てほしい。
英語と日本語は語順が全く逆である。つまり、英語と日本語では、全く同じことをいう場合でも、単語の並べ方が全く逆になる。したがって、英文を自然な日本語にするには日本語の文を後ろから「戻り訳す」必要があるのだ。
我々日本人は、この「戻り訳す」ということを中学の頃から散々やらされてきた。しかし、その結果、日本人の多くは「戻り訳す」ことをしないと英文を理解できない状態になってしまっている。それが、日本人の英語が使えない最大の理由の一つである。
例えば、英会話で相手の言っていることを後ろから戻り訳しながら理解できるだろうか?できるわけがない。音声では、言ったことはどんどん消えていくのだから。英語を使えるようにするためには、英文を英語の語順で前から理解できるようにしなければならないのは当たり前のことなのだ。そんなことすら教えていないのが日本の英語教育である。
なお、英語と日本語の語順に違いについては「英語は語順!8つの自動化トレーニングで語順を制し英語を制す」を参照してほしい。
1.3. 「相手に伝える」という言語の基本すら無視
日本の英語教育の「日本語に正確に訳して理解する」という時代錯誤の言語教育法は、日本人の英語が話せない理由にも直結している。
「日本語に正確に訳して理解する」という考え方は、英作文にも影響を及ぼしている。例えば、大学受験の英語でも、日本語を英訳する問題が出てくる。そこでは、当然正確に訳すことが求められ、若干ニュアンスが異なるだけでも減点される。このことが、英語が話せない日本人のマインドセットを作っていくのだ。
例えば、下記の日本語を英訳する問題が学校の英語のテストで出たとしよう。
「日本の食料自給率は大変低い。」
日本の英語教育では、正確に訳すことが求められるので、「食料自給率」の英単語を知らなければ正解できない。しかし、英語を使えるようにするというのは、「食料自給率」の英単語を覚えることが重要なのではなく、「相手に伝える」ことが重要なのだ。
上記の日本語を英語で「相手に伝える」ために「食料自給率」という英単語を知っている必要はない。次のようなシンプルな英文が作れるようになれればそれが正解なのだ。
“Japan is importing a lot of food, instead of making them in Japan.”
“instead of making 〜” が難しければ、”not making 〜” でもいい。今の日本の英語教育では、このようなシンプルな英文をスラっと作れるようにはなれない。そのような教育はしていないからだ。つまり、英語を話せるようになれるはずがないのだ。日本人は日本語を正確に英語に訳そうとするため話せないのである。
なお、英語を話せるようになるための方法については、Amazon Kindle版『英会話の科学的上達法』にまとめてあるので興味のある方はご購入を。
1.4. 「理解」すること重視で「使う」ことすら無視
日本の英語教育は、そもそも英語を「使う」ことを前提としていない。だから日本人は英語を話せないのだ。至極当たり前のことである。
日本の英語教育を支配している「文法訳読方式」とは、英語で書かれた文字を正確に「解読」して「理解」できるようにするための教育方法である。そこには、英語を「使う」という概念すらない。これは現代の英語教育において本当にあり得ないことであり、ため息しか出ない。
その証拠として、一つの例を紹介する。
我々日本人は、中学1年のときに、”will” と “be going to” は「未来」を表し、両方とも同じ意味であると教わった。
確かに、言われたり、書かれてあることを「理解」するだけであれば、その理解で十分なのだが、自分で使う場合、この2つのニュアンスの違いを理解していないと、うまくコミュニケーション取れないということが起こり得る。
例えば、会社のミーティングで、今日の午後ある顧客(the client)に会いにいく予定であることを皆に伝える場合、そして既に先方とのアポもとってある(会う約束もしてある)場合、下記の2つの英文は両方とも正しいだろうか?
① I will visit the client this afternoon.
② I’m going to visit the client this afternoon.
(私は今日の午後そのクライアントを訪問する。)
中学のときに習った知識だと両方とも正解となる。しかし、①は明らかに間違いである。
もし、あなたが日本の学校英語の知識しかない状態でこのミーティングに出席していたとしよう。そして、ある人が①を言ったとしても、あなたは「理解」はできるだろう。間違いにも気づかないので全く問題ない。
しかし、あなたが①を言った場合、周りのネイティブは「あなたはクライアントに会いにいくことを “今” 決めて、アポも取っていない状況」だと理解する。あなたはアポはとってあるはずだ。つまり、コミュニケーションに齟齬が生じることになる。
一方で、②は間違いとは言えないが若干不自然である。しかし、この表現についても、聞いた場合、あなたは「理解」はでき、何の問題も感じないだろう。
ここでは詳しい説明は省略するが、中学1年のときに教わった「”will” と “be going to” は両方とも未来を表す」というのは、英語を「理解」するだけなら問題ない。だが、「使う」ときに困る。日本の英語教育は、使うことを全く想定していないので、そのための知識は全く教えていないのである。
ちなみに、ネイティブにとって自然な英語は、現在進行形を使った下記の③となる。
③ I’m visiting the client this afternoon.
日本の学校教育では、現在進行形が「未来」を表すことすら教えていない。かなり英語を学習してきた方でも、①〜③のニュアンスの違いを知らない人は多いだろう。しかし、勘違いしないでいただきたい。これらの違いなど初歩の初歩の知識だ。このようなことも教えていない英語教育で、日本人が英語を話せるようになるはずがない。
なお、英語の未来形についての詳細は「英語【未来形】※話すための英文法|基本から発展を徹底解説!」を参照してほしい。
1.5. 「文字言語」だけで「音声言語」すら無視
言語というものは「音声言語」が基本である。世界には約7000の言語が存在する。その中で、「音声言語」だけの言語(「文字言語」がない言語)は存在するが、「文字言語」だけの言語(「音声言語」がない言語)は存在しない。そもそも言語は「音声」から発達してきたものだ。
言語の基本要素は3つある。「単語」「文法」「発音」である。「発音」は「単語」と「文法」と同様に重要な言語の基本要素なのだ。それに、英語の発音は日本語のそれとはかなり異なる。加えて、英語は「発音」が重要な言語と言われている。日本人が英語を使えるようになるためには「発音」(音声)の学習は欠かすことができない。
それにも関わらず、日本の英語教育は英語の「発音」(音声)を全くといっていいほど無視してきている。「文法訳読方式」が支配しているからだ。これもあり得ないことであり、ため息も出ない。
まずは、英語の発音が日本語のそれとどれほど異なるかを簡単に確認しよう。
言語の「発音」の要素は5つある。「母音と子音」「アクセント」「リズム」「イントネーション」「音声変化」である。
1.5.1. 英語の「母音と子音」
日本語の母音は5つであるが、英語の母音は24あると言われている。子音は、日本語が16に対して、英語は24ある。
英語は日本語にない発音が非常に多いので、日本語にはない口の動かし方をしなければならない発音が多いということだ。これらの英語の発音をある程度正確に発音できるようにならないと、相手に理解してもらえないし、リスニング力も向上しない。
1.5.2. 英語の「アクセント」
ここでの「アクセント」の意味は、単語のアクセントの位置のことである。つまり、単語を発音するときの、強く発音する場所のことだ。
英語は、このアクセントの位置を間違って発音すると相手に理解してもらえないことが多い。これは筆者がアイスを買いに行ったときの経験談だが、「ヴァニラ」(vanilla)は、「二」を強く発音しないと通じない。日本語のように「バ」にアクセントを置いて発音すると理解してもらえない。
1.5.3. 英語の「リズム」
英語は「リズム」が重要だということをどこかで聞いたことがあるだろう。英語は重要な単語が「強く」「ゆっくり」発音され、重要ではない単語は「弱く」「速く」発音される。それによって英語独特の「リズム」が生まれる。このリズムについての知識がないと、相手に伝わりにくい英語になるし、相手の英語も理解しにくいということになる。
一方で日本語は平坦な言語であまりリズムがないと言われている。したがって日本人には特に難しいのだ。
1.5.4. 英語の「イントネーション」
同じ単語やフレーズでも、「イントネーション」の違いによって異なる意味を表現することができる。「イントネーション」とは「音の高低」の変化のことだ。例えば、”Yes” という一言でも、イントネーションの違いによって少なくとも5つの異なる意味を表現できると言われている。イントネーションを間違えると、コミュニケーションに齟齬が生じる場合があるということだ。
なお、日本語でもイントネーションによって意味の違いを表現できる。例えば、「はい」では、語尾を上げるか下げるかだけでも異なる意味を表現できる。
1.5.5. 英語の「音声変化」
「音声変化」とは、単語と単語がつながって発音されることで音が変化したり脱落したりする現象である。例えば、”Check it out.”(チェック イット アウト)が、「チェッケラウ」のように発音されることを指す。「リエゾン」ともいわれる。
この現象は日本語ではほとんど起こらないことなので日本人にとっては非常に難しいが、これを理解できるようにしないとリスニング力は向上しない。
英語の発音が日本語のそれとは大きく異なることが理解できたと思う。英語を使えるようになるためにはこのような「発音」の知識は必須となるにも関わらず、日本の英語教育は現在でも全くといいほど無視している。
1.5.6. 英語は「発音の言語」日本語は「想像の言語」
次に、英語は「発音」が重要な言語である理由を説明しよう。
英語は発音の数が非常に多いことを上記で説明した。母音と子音の総数が日本語に比べて倍以上ある。なぜ英語の発音の数が多いかというと、英語は同じような単語を発音で区別しているからである。
例えば、「イエロー・ハット」と「ピザ・ハット」の2つの「ハット」は、日本語では同じ発音になってしまう。しかし、英語では “Yellow Hat” と “Pizza Hut” で全く違う単語で発音も全く異なる。また、”hot” はアメリカ英語では「ハット」に近い発音になるが、この「ハット」も上記の2つの「ハット」とは全く異なる発音である。英語ではこのような単語の違いを「発音」で区別するのだ。英語は「発音の言語」なのだ。
一方で、日本語は発音数が少ないので、全く意味が異なる同じ発音の単語が多くある。例えば、「船で川のかこうまでかこうする。」の2つ「かこう」は、発音は全く同じだが、意味が全く異なる。日本語の場合は、発音数が少ないので発音で区別するのではなく、聞き手の「想像」する力に委ねる言語なのだ。日本語は「想像の言語」なのだ。
上記で紹介したアイスの「ヴァニラ」(vanilla)についてだが、日本人からしたら、アイスクリーム屋で「ヴァニラ」と言っているのだから、アクセントの位置が間違っていても普通わかるだろうと思うかもしれない。しかし、その想像力は日本人特有のもので、発音で区別するアメリカ人にそれを期待するのは酷なのだ。
英語は発音が重要な言語であるという一例である。特に日本人にとって、英語を習得するには発音の学習が必須であることが理解できたと思う。
なお、ここで説明した「発音の言語」と「想像の言語」については、東京大学の准教授である池谷裕司氏が著書の『怖いくらいに通じるカタカナ英語の法則』の中で指摘していることである。
英語の発音の詳細については「英語の発音|初心者向け科学的見地からの6つのコツと練習方法!」を参照してほしい。
2. 日本の英語教育「問題点」②|「学習時間」と「学習量」がダメ!
アメリカの応用言語学者であるJoan Morley氏によると、子どもは5歳になるころまでに約17,520時間におよぶ母語(日本人の場合の日本語)のインプット(「聞くこと」と「読むこと」)を受けているそうだ。
また、アメリカ国務省のデータによると、アメリカの外交官候補生のエリートがゼロから日本語を習得するには最低2,200時間の学習が必要とのことだ。これは、(エリートではない)日本人がゼロから英語を習得するために「最低限」必要な学習時間と考えられなくもない。では、現実はどうなっているのか。
2.1. 日本の中学・高校での英語授業はたった790時間!
日本人は、(筆者の世代では)中学・高校で6年間英語を勉強してきたが、英語の授業時間はトータルでたった790時間程度だった。5歳児のトータル17,520時間の母語インプット時間はおろか、2,200時間にも遠く及ばない。「中学・高校で6年間も英語を勉強したのに日本人は英語ができない。」と嘆く方もいるが、学習時間だけみても実は日本人は英語ができなくても当然、英語力が低くても当然な状況なのだ。
現在は小学校での英語教育が開始されているので、学習時間も若干増えているとは思うが、英語ができるようになるためにはまだまだ不足している状況である。
2.2. 日本の中学・高校での英語の学習量はたった73ページ!
中学・高校での英語教育では、「学習時間」に加えて「学習量」も全く足りないことが指摘されている。関西学院大学教授で心理言語学・応用言語学者である門田氏によると、2006年の中学・高校の一般的な英語の教科書を調べた結果、6年間で触れる単語数のトータルは35,000語程度だったそうだ。これは、英語のペーパーバック(紙表紙の安価な小説本)の72〜73ページ分にしかならない。
ちなみに、ベストセラーで映画にもなったダン・ブラウン(Dan Brown)の『ダ・ビンチ・コード』(The Da Vinci Code)のペーパーバックは597ページある。73ページだと、日本人は6年間にダ・ビンチ・コードを1/8しか読んでいないのだ。
その程度の英語に触れただけで十分な英語力がつくはずがない。当たり前のことだ。
なお、英語習得に必要な学習時間の詳細については「英語習得には最低3000時間!達成するための11のコツと学習習慣」を参照してほしい。
3. 日本の英語教育「問題点」③|「国の教育方針」が全然ダメ!
英語教育改革について、国の本気度が全く感じられないことが一番の問題点である。筆者の学生時代の30年以上前に比べると若干コミュニケーション重視の方向に向き始めたという程度だ。
中学・高校、大学受験英語、そして小学校での英語教育の現状を簡単に説明する。
3.1. 中学・高校では「ALT」でお茶を濁す程度
中学・高校では、英語の授業にコミュニケーションの要素を入れようとしている。そのこと自体は理解できるが、一番の問題は教師である。ツールとして英語のコミュニケーションをどのように教えるのかを知らない教師がほとんどだ。なぜなら、そんなこと教師も教えてもらっていないのだから。ろくに英語でコミュニケーションが取れない教師がほとんどを占めるのだから。
そこで導入したのが「ALT」(Assistant Language Teacher)である。日本人の英語の教師を補助(assist)する英語のネイティブスピーカーだが、このALTの人たちも、英語を教えることについては素人同然だ。ただ、母語として英語が話せるだけの人が多い。そのようなALTはほとんど役に立たない。なぜなら、英語を話せることと、英語を教えることとは全く別のスキルなのだから。あなたは日本語を外人に教えられるだろうか?
結局は「ALT」を導入してお茶を濁しているだけで、従来の「文法訳読方式」からは全く抜け出せていない。つまり、中学・高校での英語教育は全くといっていいほど改革できていないのだ。その大きな原因の一つとして大学受験がある。
3.2. 大学受験の英語は未だ「文法訳読方式」が支配
日本の中学・高校の英語教育の改革ができないのは、大学受験の影響が大きい。つまり、大学の受験英語では未だに「文法訳読方式」が支配しているので、中学・高校もそれから脱却できないのである。もう「文法訳読方式」に雁字搦め(がんじがらんめ)の状況だ。
大学受験の英語のテストは、英語を「学問」として研究している大学の講師が作成している。そのような講師の方達も「文法訳読方式」の知識をベースとして英語を研究している人たちだ。
そのような英語の研究者が作ったテストは、英語を「学問」として勉強したい受験生には適したテストかもしれない。しかし現状は、「学問としての英語」を必要としない他の学部の受験生にも同じテストを強制している。そこが問題なのだ。
多くの人にとって、英語は単にコミュニケーションのツールであって学問の対象ではない。学問の対象としての英語を押し付けることによって、英語の(若干の)知識はあるが使えない日本人を大量生産しているのだ。
日本人が英語圏の大学や大学院に入る際、「学問としての英語」の能力を入学の条件としているところがあるだろうか?(いや全くない。)こんなことをやっているのは日本の大学だけである。世界標準からするとあり得ないことだということを是非理解してほしい。
“English is a language. Not a measure of intelligence.”
「英語は言語である。知的レベルを測る物差しではない。」
3.3. 小学校では日本人教師が教えることで混乱と悪影響
小学校での英語教育が始まっている。コミュニケーションを重視しているところは共感できる。その基本コンセプトについては、一歩とはいえないが、半歩踏み出した感じがある。しかし、ここでも問題は教師である。誰が教えられるの?である。
脳科学(神経科学)の知見によると、「9歳の壁」というものが存在すると言われている。それは、9歳を過ぎると言語習得能力が急降下するということだ。脳科学研究でも、はっきりとした原因はわかっていないが、これは事実である。言語学では、このことを「臨界期」と呼ぶ。
小学校での英語は、3・4年生で「外国語活動」、5・6年生で「教科」になるが、上記で説明した言語習得能力が高い3・4年生の時期に英語に「多く」触れることは、日本人の英語力向上のスタートとしては悪くない。しかし、言語習得能力が高い時期だからこそ注意しなければならないことがある。
まずは、日本語と英語を混乱させないことだ。「9歳の壁」までは、日本語習得にも非常に重要な時期である。この時期に同時に2つの言語をインプットすると混乱が起こることが知られている。なぜなら、この時期の子どもは、「これは日本語で、これは英語」のように区別せずに両方の言語を習得するからだ。例えば、同じ教師が日本語で話していたと思ったら、突然英語で話し始めることなどは最も避けるべきだと、バイリンガル教育の第一人者である中島和子氏は指摘している。
そもそも日本人の教師が、この頃の子どもに英語を教えること自体避けるべきだと主張する言語学者も多い。なぜなら、本物の英語ではないからだ。特に発音だ。この頃の子どもの英語は「音声」から入る。上記でも指摘したが、英語は発音が非常に重要な言語なので、日本人の教師の中途半端な本物ではない英語の発音は聞かせない方がよい。
また、子どもの混乱を避けるという意味でも、この頃の子どもの英語教育には、幼少期の英語教育に精通したネイティブスピーカーが担当するべきだ。しかし、そのような対応をしている小学校は非常に少ない。だとすれば、やらない方が良いという判断もあるだろう。
小学校5年生から英語が教科となる。英語を教科(勉強の対象)とすると、今の状況では、また「文法訳読方式」が台頭してくることは避けることができないだろう。日本人は皆、その方法しか知らないのだから、そしてそれが、日本人にとって一番大事な大学受験につながっていくのだから。そうなると、英語に嫌悪感を持つ児童が増えてくることは容易に想像できる。そうなったら全くの逆効果となる。
このように日本の学校英語は、筆者の学生時代の30年以上前に比べても、この程度しか進歩しかしていないのだ。もはや、驚きを通り越して絶望としか言いようがない。
4. 日本の英語教育「改革案」①|まずは「国の方針」を決定しろ!
文明開花から続いている日本の時代錯誤の英語教育方法を未だ改革できていないのは国の責任である。英語教育改革についての国の確固たる方針がないというのが一番の問題だ。
ここでは、国として決めなければならないにも関わらず、未だはっきりしていないことを指摘する。
4.1. ① 国として日本国民を英語が使えるようにさせたいのかどうかをはっきりしろ!
まず、国として本当に日本国民を英語が使えるようにさせたいのかどうかをはっきりとさせるべきだ。この根本のところをはっきりさせない限り、何もやりようがないし、何もできない。現状を見ると、とてもそのような方針には思えない。何もかもが中途半端で、適当にお茶を濁しているようにしか思えないのだ。
4.2. ② 英語学習開始時期をはっきりしろ!
日本国民が最も効率的に英語を使えるようになるためには、言語習得能力が高い時期に英語の学習を始めることである。当たり前だ。
上記で「9歳の壁」と「臨界期」のことを説明した。9歳頃を超えると、言語習得能力が急低下する減少である。加えて、二つ目の言語を始める適当な時期は4歳頃と主張する言語学者が多い。
今後、日本国民を、費用と労力を最低限に抑えつつ、最も効率的に英語を使えるようにさせていきたいのであれば、現状の小学校3年生からでは遅すぎるということだ。非常に中途半端であると言わざるを得ない。
4.3. ③「学問」なのか「コミュニケーション・ツール」なのかはっきりしろ!
英語を「学問」として学習していくのか、それとも「コミュニケーション・ツール」として習得していくのかという根本も国の方針としてはっきりしていない。
現状の学習指導要領によると、小学校では「コミュニケーション・ツール」としての英語を強調している。しかし、中学・高校ではどうだろうか。徐々に「コミュニケーション・ツール」としての英語も取り入れようとしていることはわかる。だが、問題は大学受験である。
大半の日本人にとっての英語を学習する最終目的である大学受験が、「文法訳読方式」をベースとした「学問」としての英語の能力に固執している限り、小学校や中学・高校の英語の授業で若干コミュニケーションの色を加えてところで、結局は今後も全く変わらないことは明らかである。これも非常に中途半端であると言わざるを得ない。
5. 日本の英語教育「改革案」②|そして「大学受験英語」を変更しろ!
仮に、国が本気で日本の英語教育を改革したいとするならば、まず真っ先にすべきことは大学受験英語の改革だ。ここを変えずして、「アジアで一番英語ができない国民」から脱却することは絶対にできない。
英語を学問として研究している大学の講師が作成した大学受験用のテストこそ、日本人の英語ができない根本原因であると断言する。多くの日本人にとって、人生において最初で最大のイベントである大学受験を勝ち抜くには、英語でコミュニケーションなんかできなくても構わないのだから。そのような大学受験は、自分は英語ができると信じているが、簡単なコミュニケーションもできない「特殊」な英語力をもった日本人を量産するだけである。
改革方法は単純かつ簡単だ。現行の英語のテストは全廃して、「読む・聞く・書く・話す」の4技能を測れるテスト(TOEFLやIELTSなど)の結果を受験票と一緒に提出させるだけである。英語圏の大学や大学院に入学する際に求められていることと全く同じにすればいい。
そのような英語のテストの結果は、あくまで足切りとして利用するだけで、ある程度の点数(未公開とする)を超えていれば、どんなに点数が高くても合否には関係ないこととすべきである。なぜなら、「英語は言語である。知的レベルを測る物差しではない。」のだから。
英語を学問とする学部の場合は(英文科など)、今までの英語のテストと組み合わせて実施しても構わない。ただし、現況のテストだけにすると、英語を研究しているので英語に関する知識はあるが、コミュニケーションは取れないという「特殊」な英語力の持ち主になってしまう危険性がある。
6. 日本の英語教育「改革案」③|次に「英語の教え方」を革新しろ!
大学受験の英語を上記のように変革すれば、文科省が一生懸命旗を振らなくても、高校の英語の授業は自然とコミュニケーション重視に変わっていく。そうすれば、高校受験の英語も、中学の英語の授業も自然とコミュニケーション重視に変わっていくことは間違いない。
現状は、英語学習を低年齢化することが国の施策の中心になっている感があるが、それでは日本の英語教育を大きく変えることは不可能である。大学受験から変革していかなければこの国の英語教育は変えることはできない。しかし、そこを変えることができれば、それほど労力をかけずとも、全てが一気に変わってくる。
しかしながら、一番注意しなければならないのは、幼児期から小学校低学年までの英語の教え方である。
大学受験をコミュニケーション重視に変革すると、幼児期からの英語教育が今以上に活発になってくるだろう。なぜなら、言語習得能力が高い時期に英語学習を開始するメリットが更に大きくなるからだ。
学問としての英語は、「文法を重視して訳して読解する方式」の「文法訳読方式」がベースであり、論理を自主的に学習することが求められる。その学習方法は幼児期には向いていないため、現状の大学受験を最終目標にしている限り、幼児期から学習を開始するメリットはあまり大きくない。一方で、コミュニケーション重視となると論理を自主的に学習するのではなく、「自然習得」の重要性が高くなるので幼児期から学習を開始するメリットが大きくなるのだ。
幼児期からの英語学習の具体的な方法については、気をつけなければならないことが沢山ある。なぜなら、この時期は、母語である日本語を習得する上でも最も重要な時期だからである。しっかりとした計画を立てた上で英語の教育を進めていかないと、最悪日本語の発達が阻害されたり、その結果情緒不安定になったりする場合がある。
幼児期の英語の教育方法については、追って別の記事で紹介する。
7. 日本の英語教育「改革案」④|最後に「教師の育成」に力を入れろ!
大学受験の英語を変革すれば、日本の英語教育はコミュニケーション重視の流れになっていく。その中で、国として一番力を入れるべきところは「教師の育成」である。
今の日本で、コミュニケーション・ツールとしての英語を日本人に効率的に教えられる人は皆無に近い。現在の中学・高校の教師は「文法訳読方式」で英語を勉強し、その方法で教えてきた。それ以外の方法は知らない。また、ALTも英語教育についてはど素人集団といっていい。大学で英語学や英文学を研究している先生方も、学問として英語を勉強してきた人ばかりで、ツールとしての英語を教えられる人は非常に少ない。
民間にもほとんどいない。自治体の中には、中学・高校の英語の教師を民間の英会話スクールの研修に参加させたり、大学の中には、英語のクラスを民間の英会話スクールに丸投げしているところも多いが、英会話スクールのやり方が正しいとは思えない。英会話スクールのやり方は正しいのであれば、英語を使える日本人はもっと多いはずだ。なぜなら、オンライン英会話を含めた英会話スクールが乱立しており、それらを利用している人(そして、してきた人)も非常に多いからだ。
このような状況で、日本全国の小・中学校、高校をカバーできる数の有能な英語教師を確保することは絶望的である。しかし、コミュニケーション・ツールとしての英語を教えられる教師は絶対に必要だ。国は、このような教師を育成していくのか、それとも日本人が英語を話せるようになることを諦めるのか、どちらかの選択しかないと言っても過言ではない。
第二言語(≒ 外国語)を効率的な習得方法を研究する「第二言語習得研究」という分野がある。カナダは、1967年より英語とフランス語のバイリンガル教育を行なっており、2つの言語の同時習得についての研究が盛んに行われてきた。日本においては、残念ながらこれらの研究は進んでいるとは言えない状況だが、海外の知見を活用しながら、日本人にとっての、コミュニケーション・ツールとしての英語の効率的な習得方法を、「国が主導して」確立していくことが急務である。
8. 日本の英語教育「改革案」⑤|おまけに「TOEIC」から脱却しろ!
「文法訳読方式」から「TOEIC」への「抜群」の連携が、「アジアで一番英語ができない国民」という日本人の地位を確固たるものにしている。日本は、「文法訳読方式」の呪縛からだけではなく、「TOEIC」の呪縛からも解き放たれなければ、その地位から逃れることはできない。
日本の英語教育は、中学校から大学まで「文法訳読方式」が支配しているため、日本人が「アジアで一番英語ができない国民」になってしまったことを説明してきたが、更なる追い討ちが「TOEIC」である。「文法訳読方式」は、英語を「理解」することだけを重視して、「使う」ことを全く無視していると指摘したが、TOEIC(L&R)も「Listening」と「Reading」の「理解」するだけのテストであり、「Speaking」と「Writing」という英語を「使う」ところは全く無視している。
いうまでもなく、日本で英語力を求められる仕事を得る際、ほとんどの会社がTOEICの点数を要求している。したがって、大学生でも社会人でも英語といったらTOEICである。そして、学生時代に「文法訳読方式」で英語を理解することだけを勉強してきたそのような人たちが、今度は「読む」「聞く」だけの能力を測るTOEICの点数を上げることだけに集中して英語を勉強する。結果、全く話したり書いたりできない「独特の英語力」を持った日本人が大量発生しているのが現状なのだ。
日本は「TOEIC」からも脱却しなければならない。
TOEICの悪口については「TOEICは意味ない!話す練習を取り入れて効率的に900点を達成」で詳細に書いているので、ご興味のある方は是非!
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